賽の河原で待ち合わせ

死ぬまで、女をやる予定

3月9日

わたしが女子高生だった頃、レミオロメンがメジャーデビューした。朝顔というアルバムをMDという不思議な四角い薄ピンクのプラスチック板に焼いて、わたしは毎日放課後の無人駅で、アスファルトに腰掛けて足をプラプラ線路の上で揺らしながら、イヤフォンでそれを聴いていた。

 

大学生になったら、東京に出て恋をしようと決めていた。電話切れない夜やビールとプリンを並べるような夜を重ねる恋をしてやろうと決めていた。工場の排気が匂う、ちいさなちいさな明るい街で。

 

 

その後順調にわたしは大学生になり、レミオロメンは粉雪になった。ニコニコ動画が一世を風靡し、こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいいの弾幕が全世界に流れていたその頃、わたしは初めての恋をした。それから数年後、人生で二度目の失恋を経験することとなる。

 

人生二度目の失恋を、わたしはみくびっていた。前回の失恋があまりにも酷かったから、さすがにもうそれほど辛くないだろうと思っていたし、この人じゃないと思ったから別れを切り出したわけで、別にそんなに傷つくことじゃないと捉えていた。ぶっちゃけもっといい人がいるだろうし。実際、別れた翌日も普通にごはんを食べて、普通に会社に行けた。もちろん、会社の行き帰りは道すがらポロポロ涙が溢れたけれど、そのくらいどうってことないと思った。夜も眠れた。

 

 

 いつも通り定時で仕事を終え、会社を出てすぐにイヤフォンを耳に突っ込んで歩いていたら、シャッフル再生していたiPodから3月9日が流れた。それまで、ハイハイ売れ線の曲ね〜などと思っていた曲だ。この曲がヒットしたのち粉雪になってしまったレミオロメンとわたしの間には随分距離ができていたはずだ。

 

 

それが突然耳の中に流れ込んできて、品川駅の往来のど真ん中で、すべてがスローモーションになった。その場で蹲って涙が止まらなくなった。息もできなくなって、この世で頼れるものなどひとつもないと思った。ダメだ。このままここで蹲っていたら、体調を崩したと思われて気遣いの声をかけられてしまうし、会社の人に見られるかもしれないと思い、なんとか立ち上がって歩いて、歩いて。見上げた空は夕暮れで、染まったオレンジと水色に溶ける雲の白がマーブルで、美しかった。ああ、もう今のわたしにはこの空が綺麗だということも、差し入れのスイーツが美味しかったことも、御局様に理不尽なことで叱られて辛かったことも、単純なミスをしてしまった自分が悔しかったことも、お昼に食べたランチセットのおつりを間違えられたことも、友達と飲みに行って可愛い名前のカクテルを飲んだことも、伝える相手がいないのだとわかった。卵焼きが上手に焼けたから今度作ってあげたいと思う相手もいない。いつも行ってた近所の居酒屋さんにも、彼の地元の駅でももう降りることもない。

 

もっといいひとなんて、そりゃいくらでもいるだろう。完璧に理想的な人間なんてこの世に存在しない。別れというのは、死だ。もう二度と、息を吹き返すことはない。我々は二度と交わらないのだ。そんな当たり前のことを、わたしは実感としてわかっていなかった。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ごめんなさい。ありがとう。さようなら。ごめんなさい。ありがとう。ありがとう。

 

 

 

瞳を閉じればあなたが、瞼の裏にいることでどれほど強くなれたでしょう

 

 

瞼の裏にいてくれたひとを失って、悲しくないはずなんてない。失恋は恋の死だ。悲しくないはずない。悲しいのは正当な感情だ。悲しくて悲しくて悲しくて、寂しくて寂しくて嘆かわしい。そういうもんだとその時、品川駅でやっと理解した。それから何度かまた失恋をしたけれど、きちんと悲しみを受け止められるようになっていった。正しく嘆き悲しんで、恋の死を弔うことができるようになった。そのたび、そのたび恋の死は、無茶苦茶に悲しくて無茶苦茶につらかった。

 

 

わたしが結婚したかったのは、もう二度と失恋をしたくなかったからと、もう二度と恋を始めたくなかったからといっても過言ではないと思う。瞳を閉じればオットがいてくれるので、今日も今日とてわたしは元気。いつもありがとうございます。あなたにとってわたしも、そうでありたい。